
神奈川県立保健福祉大学 教授
石井慎一郎先生
「専門分野」
・筋骨格系理学療法学
・バイオメカニクス
・運動学
「主な論文」
・石井慎一郎(1989)前額面内下肢関節モーメントからみた変形性関節症患者の歩行パターン 日本臨床バイオメカ二クス学会誌
・石井慎一郎(2008)非荷重時の膝関節自動伸展運動におけるスクリューホームムーブメントの動態解析 理学療法科学
「主な著書」
・石井慎一郎(2006)骨・関節系理学療法実践マニュアル 文光堂
・石井慎一郎(2010)基礎バイオメカニクス 医歯薬出版
・石井慎一郎(2013)動作分析 臨床活用講座 メジカルビュー
「歩行動作における姿勢制御」
<静歩行と動歩行>
歩行とは、無意識下で自動的に遂行され、視覚情報をもとに予測的な姿勢調節を行いながら、外部環境に適応する(フィードフォワード制御)。そして予測できない急な外乱刺激に対しても、立ち直り反応やステップ反応によって転倒を回避できる能力が重要となる(フィードバック制御)。
我々は外部環境を視覚的に判断し、その情報から動歩行と静歩行2つの歩行様式を使い分けながら外部環境に対応している。実際に江原らは、“滑りやすい床面における歩行様式は、通常と比べ靴面と床面の摩擦を小さくするために床反力作用線を鉛直に近い角度で保持する戦略が用いられる”と報告しており、静歩行の特徴をあらわしている。静歩行は、常にバランスをとりながら歩き、どの時点でも制動できるように重心位置と床反力作用点を同一直線上に保持する歩行様式である。それに対し動歩行は、断続的にバランスを崩しながら体重移動を行うため、常に重心と床反力作用点がずれた位置で保たれる歩行様式である。我々は主に動歩行を用いているが、不安定な状況下では静歩行を選択することにより外乱を最小限に留めている。このように我々は床反力を操作しながら、歩行様式を変化させ環境に適した歩行を行っている。しかし予測可能なフィードフォワード制御においては、動歩行と静歩行を使い分けることが可能であるが、急な外乱刺激に対応するフィードバック制御の際はどのような戦略を用いて対応するのだろうか。
<歩行時の外乱刺激に対する姿勢制御>
2004年酒井らによって報告された研究では、歩行時の左H.C時に後方への外乱刺激を与えた際の姿勢制御反応を、高齢者と若年者で比較している。若年者ではankle strategyを用いており、高齢者ではAnkle strategyとHip strategyが混在している戦略を用いる傾向にあり、若年者でも外乱が大きい場合はAnkle strategyとHip strategyが混在した戦略に変化することが報告されている。また2010年大沼らによって報告された研究では、歩行中の左立脚期に左への外乱刺激を与えた際の立ち直り反応について、高齢者と若年者で比較している。若年者では外乱刺激が生じたのちに右への立ち直り反応が生じ、その後も左右へ重心加速度を調節しながら外乱を補正していく。しかし高齢者では若年者に比べ立ち直り反応が遅れて生じ立ち直りも小さく、その後の左右への調節はせず安定的に制御する傾向にあった。つまり高齢者は重心加速度をコントロールできる範囲が狭く、重心位置を留めようとする位置制御が優位になることが示唆される。
上記2つの研究から、急な外乱刺激に対応する姿勢制御には、歩行中においても立位バランス制御と同様にAnkle strategy, Hip strategy, Stepping strategyが用いられていること、そして加速度の調節には動歩行のような床反力制御によって重心をコントロールしていることが考えられる。今まではこれらの姿勢制御戦略は立位場面で、重心を支持基底面内に留めようとするために用いられていた戦略であると考えられていたが、歩行等の運動課題遂行時にも合わせて発揮できることが、転倒予防に重要な能力であると考えられる。
<力学的な視点からみた動歩行の姿勢制御>
動歩行における姿勢制御を力学的な観点から考えると、床反力制御・目標ZMP制御・着地位置制御によって説明できる。歩行中、身体重心には重力と慣性力が作用しており、これら並心運動を制動することによってロッカーファンクションを用いた回転運動が可能となる。並心運動の制動には、目標ZMPとCOPが一致している必要があり、これらにずれが生じた際には、身体に回転力すなわち転倒力が生じてしまう。この転倒力を制動するために、床反力制御を反射的に行うが、それでも対応できないときには重心加速度を増大させ、目標ZMPとCOPの位置関係を操作し立ち直り反応を生じさせる。重心加速度を瞬間的に増大し立ち直り反応を生じさせるためには、支持脚となる下肢と体幹の活動が重要となる。
このように床反力制御はAnkle strategyととらえることができ、目標ZMP制御は酒井らの報告した下肢のAnkle strategyとHip strategyが混在した戦略ととらえることができるのではないだろうか。力学的な観点からみても、3つの姿勢制御戦略が動歩行の姿勢制御に関与していることが推察できる。
そして最も重要なのは、外乱に対応した後の遊脚側がどの位置に着地をして、重心を二次的に制動していけるか、である。若年者が左右に重心加速度を調節しながら外乱を補正しているように、1歩で瞬間的に止まるのでなく、時間をかけて加速度を制動していく過程(遠心性の活動)が重要となるのではないだろうか。
<神経系からみた歩行の動的制御>
歩行の動的制御には、「反応機構(身体・感覚機能、バランス反応)」と「予測機構(APAsなどの先行性随伴調節)」と「予期機構(視覚・認知、フィードフォワード制御)」の3要素が重要であるとされ、近年転倒予防の観点では、「予期機構」を評価方法が少ないことが問題視されていた。「反応機構」や「予測機構」は、TUGやBerg Balance Scaleなどのパフォーマンス評価で評価可能と判断されており、「予期機構」を評価するための手段として、視覚と運動の協調性を重視したDual Task条件下でのパフォーマンス能力評価が樋口、山田らによって考案されている。そして転倒リスクの評価には、これらが有効であるとされている。しかし実際の転倒場面を想像すると、フィードフォワード条件下よりもフィードバック条件下での転倒が多いと考えられるため、TUGなどのパフォーマンス評価では、「反応機構」の評価として不十分であると考えられる。そこで前述したような、「歩行とstrategyを組み合わせたバランス能力評価」が反応機構の評価として有効であるかを、検討していく必要がある。

国立障害者リハビリテーションセンター研究所
運動機能系障害研究部 神経筋機能研究室 室長
河島則天先生
「研究分野」
・神経科学 / 神経科学一般 /
・人間医工学 / リハビリテーション科学・福祉工学 /
「受賞」
・2011年 バリアフリーシステム開発財団 奨励賞
・2009年 Motor Control研究会 優秀発表賞
・2005年 計測自動制御学会 学術奨励賞
・2004年 生体生理工学シンポジウム 研究奨励賞
>>国立障害者リハビリテーションセンター研究所HP
「ヒトの立位姿勢・歩行運動を支える神経システム」
二足での立位姿勢、歩行運動はヒトの生活を支える基本的な行動様式である。円滑な歩行運動を実現するためには数多くの筋の協調的な活動が必要とされ、また単に運動出力を発するだけでなく、外部環境に応じた適切な調節が必要である。その制御の範囲を考えれば歩行運動を支える神経基盤は多岐にわたるため、仮に脳が全ての運動指令を逐次与えるのであれば非常に大きな負担になるだろう。しかし実際には、歩行運動の基本的パターンそのものは中枢神経系の低位の階層に位置する脳幹と脊髄の神経ネットワークにおいて生成されることが知られており、高位中枢は運動の発現(駆動)と調節の役割を担うという、階層的な運動制御が行われている。
今回の講演では、調和のとれた立位姿勢と歩行運動を実現する仕組みを、脳(皮質/皮質下)と脊髄各々の役割および相互連関という視点から、まとまりのある1つの神経システムとして捉えてみたい。その上で、障害や疾患による姿勢・歩行障害を、神経システムの破綻として病態解釈し、その改善のためのリハビリテーション方略について、具体的な方法と症例を提示しながら考察してみたい。